黄色の車体に青いラインをまとった新幹線といえば、レールのゆがみや架線の摩耗などを点検する「ドクターイエロー」だ。
東海道新幹線が開業した半世紀前から安全運行を見守ってきた。技術の粋を集めた内部には検査、計測機器が並び、?門外不出?の機密事項の塊とされている。ところが、中国の高速鉄道にも、ドクターイエローとそっくりの新型車両がお目見えしたという。その名も?黄医生?(ドクターイエロー)。日本企業の技術供与を受けて開発された車両の改良版とみられているが、日本の専門家も「ドクターイエローのパクリみたいなもの」と指摘する。中国版ドクターイエローとは…。(大竹直樹)
ドクターオレンジ? 日本から国鉄OB招き…
《限界時速400キロメートルを誇る高速鉄道列車「ドクターイエロー」が貴州省で高速試験運転を実施する》
中国内のニュースをインターネットで配信している「サーチナ」(東京)は、中国メディア・羊城晩報が10月4日、「新たに『ドクターイエロー』が運び込まれた」と報じたと伝えた。
記事では、高速鉄道列車「CRH380AJ-0203」(8両編成)が4日から貴州省で高速試験運転を実施していると紹介。掲載された車両の写真を見ると、日本のドクターイエローと比べ、オレンジ色に近い印象。ネット上ではこんな声が飛び交っている。
《知ってるドクターイエローと違う…》
《ドクターオレンジな気がするんだが》
《検測車までパクリか》
形式名を見る限り、中国版のドクターイエローは、日本の東北新幹線「はやて」(E2系)の技術をベースとした「CRH380A」の改良版のようだ。
CRH380Aは国有企業「南車集団」が川崎重工業から技術供与を受けて開発。E2系の最高時速は275キロだが、中国では380キロまで引き上げられた。この最高速度引き上げなどを根拠に、「中国独自開発の最新技術だ」と中国側は主張している。
日本から中国への新幹線技術供与はあくまで中国内の利用が条件だった。川重との契約でも、供与された技術の輸出は認められないが、「独自技術」を主張する中国が輸出攻勢を仕掛けているのは周知の通りだ。
?本家?超えの性能?
中国メディア・羊城晩報が報じたCRH380AJ-0203の最高時速は380キロ。限界最高時速は400キロにも達するという。
《高速鉄道の担当者によると、(略)検査時速は230キロから275キロとなっており、一部区間ではさらに高速運転をするとのことだ》
最高速度もさることながら、特筆すべきは「検査時速」。時速275キロでの検査が可能とすれば、本家日本の新幹線電気軌道総合試験車「923形」(7両編成)の最高時速270キロに匹敵する性能といえる。
もっとも、検査精度も本家と肩を並べているかは不明だ。鉄道アナリストの川島令三氏は「色と名前の付け方は日本のパクリみたいなものだが、はたして日本のドクターイエローと同じスペック(仕様)を持っているかと言われれば疑問だ」と話す。
日本の923形は700系をベースに製造された3世代目のドクターイエロー。高速走行しながら、25センチごとに1ミリ単位のレールの歪みなどを検測できる精度を誇っている。
川島氏は「中国版のドクターイエローは、検測の機能と高速試験を行う試験車両を兼ねているのだろう。日本では両者は別の車両だが中国では一緒くた。それが本当に成り立つのだろうか」と首をかしげる。
日本の新幹線を意識
「後ろから鞭で打たれ追われているようだ」
昭和53年に来日し、新幹線に乗車した中国の最高実力者、トウ小平(しょうへい)氏は、こう語ったという。30年後、中国に総延長1万キロにも及ぶ世界最長の高速鉄道網が構築されるとは、トウ氏も想像だにしなかったに違いない。
羊城晩報によれば、建設中の貴広高速鉄道(全長857キロ)は9月18日から、通称「ドクターホワイト」という「CRH2-010A」を使った試験運転を行っていた。ただ、この列車の最高時速は250キロ。そこで新たに「ドクターイエロー」が運び込まれたのだという。貴広高速鉄道は2008年10月に着工され、設計時速は250~300キロ。試験走行などが順調に進めば、年内に営業を開始する予定だと伝えている。
中国の高速鉄道は破竹の勢いで建設が進められ、またたく間に全土に広がった。しかし、2011年7月、浙江省温州で40人の犠牲者を出した追突事故が象徴するように、安全性への疑問も指摘されている。
日本のドクターイエローは、乗車中の乗客死傷事故ゼロという世界で最も安全な大量高速輸送機関を陰で支えてきただけに、鉄道アナリストの川島氏は、中国版ドクターイエローの新型車両誕生の背景をこう分析する。
「中国も海外に高速鉄道を輸出する際、安全思想と省エネ化を進めないと売れないと気付いた。実際、日本の旧国鉄を退職した技術者や学者が中国に渡り、安全のノウハウを提供している。中国は日本の新幹線を意識している」
係員の習熟も不十分
中国の高速鉄道は、日本の新幹線に導入されている「自動列車制御装置」(ATC)と基本原理は同じとされる「自動列車保護装置」(ATP)という安全運行システムを採用している。
停電や故障などで前方の列車が停止すると自動的に後続列車のブレーキがかかる仕組みだが、2011年の追突事故ではこのATPが作動せず、信号や分岐器を集中的に管理・制御する「列車集中制御装置」(CTC)も十分に機能しなかったとみられている。
こうしたシステムの欠陥に加え、現場係員の習熟が不十分だったとされ、人為ミスも指摘されている。
日本のドクターイエローは、たとえば1号車の「電気関係測定台」で、架線の電流や列車の速度を制御するATCの電気信号を入念に確認。「軌道検測車」と呼ばれる4号車では、軌道の状態を示す「マヤチャート」と呼ばれる波形を検測員が凝視し、基準値を超える値がないかチェックしている。
「高速試験車」も兼ねているとの見方も出ている中国版ドクターイエロー。限界時速400キロへの挑戦ではなく、ぜひとも「安全」のために、その性能を発揮してもらいたいと願わずにはいられない。(10月28日掲載)
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