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浪漫万丈

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●SMAP香取「憧れ」だった木村を嫌いに



<SMAP解散の真相(7)>

「休業」でまとまりかけたSMAPの運命は「休業ではなく解散」という香取慎吾(39)の主張がきっかけで「解散」となった。「存続」を希望した木村拓哉(43)の願いはかなわなかった。香取はなぜ強硬に「解散」を主張したのか。


メンバーになったのは11歳の時。最年少だった。視線には常に年上メンバーがいた。手本であり目標であり尊敬した。グループ愛は誰よりも強くなった。

大変な仕事でも「SMAPですから」と涼しい顔をする。最近は公演の総合演出も任された。お人よしの草なぎ剛(42)を「(まるで僕の)弟になっちゃって。一番下なんですけど」と言う。SMAPを誇りに思い、強い責任感も持っていた。

SMAPをサッカーチームに例えたこともあった。「木村君と中居君がツートップ。DFは稲垣君。草なぎはGKで、実は司令塔が香取慎吾です(笑い)」。5人そろう取材現場では、リーダー中居正広(44)と違った立場でフォローや雰囲気づくりを担い体面を守った。7年前に言った。「SMAPが本当に大好き。ファンなんです。だから僕は一生SMAPでいたい」。

木村を尊敬して慕った。「厳しいけどやさしい。僕はあんな風になれないけど憧れです」。木村も何かと目をかけた。香取がサッカー日本代表に関わる仕事の日にはメールで励ました。香取はうれしそうにいつも文面を紹介した。

1月に表面化した独立騒動。たとえグループが分裂しても、単独で事務所に残留するという木村の決断に驚き不信感を抱いた。大好きだったSMAPを混乱させたのは木村と考えた。メンバー間に生まれた確執はくすぶり続け、香取は周囲に「もうメンバーの顔も見たくない」とこぼした。愛していたからこそ絶望する気持ちが最も強かった。かつてこう言っていた。「チームのメンバーを本気で嫌いになった時は、本当におしまい」。その言葉が現実になってしまった。

※なぎは弓ヘンに前の旧字の下に刀

<香取慎吾が日刊スポーツに語ったSMAPや木村拓哉への思い>

▼「いろんなタイプのお兄さんがいてアドバイスもたくさん聞いた。いい部分はたくさん吸収した」(00年2月インタビュー『日曜日のヒーロー』)

▼「(子供のころ遊んでいた)山からいきなりSMAP。2つしか知らない。SMAPがダメになったら戻る場所はもう山しかない」(00年9月『日曜日のヒーロー』)

▼「試合終わってすぐ木村君から『YES! ドイツ決定。あまり飲み過ぎるなよ。お疲れ』とメールが届いた。よくメールをもらうんです。バーレーン戦後、半端じゃないぐらいお酒を飲んでしまったので早速クギ刺されてしまいました(笑い)」(05年6月サッカー日本代表がW杯出場決定直後の連載『香取慎吾の見た聞いた思った』)

▼「(W杯ドイツ大会観戦出発前に)木村君から『頑張ってこいよ』と声を掛けられました。『ENJOY!』というメールも」(06年6月『香取慎吾の見た聞いた思った』)

▼「(SMAPのように)1度仲間と思えた人は、ダメなところ、嫌なところが見えたとしても、それも含めて好きになっちゃうんです」(07年6月連載『THE香取慎吾』)

▼「(SMAPで)バラバラ感を感じたことはいっぱいある。一番難しいと思う時は全員での仕事。納得いかない時があっても適当に口先だけで言ってるんじゃないだろうと信じ合ってる」(10年6月W杯南ア大会直前インタビュー)

▼「常にコンサートやアルバム、新曲のことが頭にある。携帯には構想のメモがたまっています。そこでしか生きてないんで」(11年5月インタビュー『サタデージャニーズ』)

▼「本田圭佑選手は紛れもなくスーパースター。SMAPでいうと木村君という感じです」(12年6月のW杯ブラジル大会予選観戦記)

▼「仕事がうまくいかないことは山ほどあります。でもやり続けることは大事で気持ちの切り替えや難しいことだけど忘れることもすごく大事。それができないとSMAPは続いていない」(13年3月W杯最終予選観戦記)

▼「(本田選手のように)やってくれる人はやってくれる。SMAPでいうところの木村君です」(13年6月W杯最終予選観戦記)

▼「僕らはギリギリのところでやってる。悠々と立っているように見せかけて実はしがみついていたり。追い込まれた時のパワーでやってきてる」(14年6月W杯ギリシャ戦観戦記)




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