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浪漫万丈

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●浅田真央 引退


女子フィギュアスケートのバンクーバー五輪銀メダリスト・浅田真央(26=中京大)が2017年4月10日、ブログで引退を発表した。


(原文のまま)

突然ですが、私、浅田真央は、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました。

今まで、長くスケートが出来たのも、たくさんの事を乗り越えてこれたのも、多くの方からの支えや応援があったからだと思います。

ソチオリンピックシーズンの世界選手権は最高の演技と結果で終える事ができました。その時に選手生活を終えていたら、今も選手として復帰することを望んでいたかもしれません。

実際に選手としてやってみなければ分からない事もたくさんありました。復帰してからは、自分が望む演技や結果を出す事が出来ず、悩む事が多くなりました。

そして、去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。

このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。

これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。

皆様、今までたくさんの応援、本当にありがとうございました。

                                                                               浅田真央



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12歳で世界の女子で数人しか跳べないトリプルアクセル(3回転半ジャンプ、3A)を習得。中学3年だった05年12月のグランプリ(GP)ファイナルで当時最強と言われたイリーナ・スルツカヤ(ロシア)を抑えて初出場Vを果たし、一気に注目を集めた。

生まれたのが約3カ月遅かったため、年齢制限から06年トリノ五輪には出場できず、当時の小泉純一郎首相も「出てもらいたい。優秀な人が出た方が五輪も盛り上がる」と発言するなど、社会現象に発展した。


初出場の10年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得。金ヨナ(キム・ヨナ、26)=韓国=とのライバル対決に敗れ涙を流した。

3度の世界選手権優勝も達成。6度の全日本女王に輝くなど、日本の女子フィギュアを引っ張ってきた。天真らんまんな少女が大技に挑みながら大人に成長する過程を日本中が見守った。26歳となった今も親しみを込めて「真央ちゃん」と呼ばれる。


11年12月に最愛の母、匡子(きょうこ)さん(享年48)を亡くして悲しみに暮れたが、直後の全日本で5度目の優勝。14年のソチ五輪は16位と出遅れたショートプログラムから圧巻の巻き返しを見せた。

その年の世界選手権では自己最高得点で優勝。苦難に立ち向かう姿が人々の心を打った。14年5月に1年間の休養を発表し、会見では現役続行の可能性に「ハーフハーフ」の名言を残すなど発言でも注目を浴びた。


その翌シーズンに復帰。だが、3Aの着地などで負担のかかる左膝に痛みがあり、思うような結果を残せない日々が続いた。昨季は3Aを回避する試合が多く、GPファイナル出場はおろか、全日本でも自己ワーストの12位に終わった。


「私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています」などと感謝の気持ちをつづった。

今後はプロスケーターに転身する見込みで近日中に会見を開き、心境を語る予定。2枠に減った来年2月の平昌五輪出場はならなかったが、氷上の舞いはファンの心にいつまでも残るはずだ。







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