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2015年11月15日(日) 週刊現代
やっぱり、この男は面白い
会社の経営者として、部下を罵倒する役もあれば、独特のオネエ言葉で一匹狼の女医のストレスを癒す役もこなす。一つのイメージに凝り固まることをよしとしない、不思議な男の魅力に迫る。
温厚でミステリアス
かねてから自作での起用を熱望しながら、まだ実現していない演出家の鴨下信一氏は、今や芸能界最高の名脇役となった岸部一徳(68歳)をこう評する。
「一徳さんは、昔の日本男児のいいところが出ている役者さんです。体が大きく、顔も怖い。そして不器用。でも見た目と違い、性格は温厚で真面目です。
小西真奈美が主演した映画『のんちゃんのり弁』の一杯飲み屋のおやじさん役のような、朴訥で、庶民的な役は、彼にしかできない」
こわもてなのに、主役との心の距離を巧みに縮める。最近の当たり役は、米倉涼子主演の『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)の神原晶役だ。番組スタッフが振り返る。
「一徳さんは、瞬時に台本に自分なりのアドリブを加え、主役を光らせ、相手の心を開かせることができる人です。
米倉さんは、そんな一徳さんの大ファンになりましたね。時間があくと、2人でよく話し込んでいました。一徳さんは見た目が怖く、寡黙なイメージですが、もともと京都の人なので、関西弁でダジャレが飛び出すほど、よくしゃべる。ソフトなしゃべり方が、安心感を与えているんです。
米倉さんが『笑いジワができるから、本番前は笑わせないで』と真顔でお願いするほど、打ち解けていました」
神原は、大門(米倉)らフリーランスの医者が所属する「神原名医紹介所」の所長。大門は若い頃、神原から外科手術のイロハを叩き込まれ、以来、精神的支えとも思っている存在だ。現実の世界に戻っても、米倉の気持ちは変わらなかった。最終回を迎える直前、米倉は、共演者・岸部についてこう明かしている。
「(2012年にドラマシリーズが開始した頃は)岸部さんはすごくミステリアスな方なので、私のことを認めていただけるかどうか、とても不安で……。でも、今ではすべてを吸い込んでくれる、大きな一徳さんにすごく甘えていて、他界した実の父以上に慕っているかもしれない、と思うほどなんです」
あの米倉が魅了されてしまう男・岸部は先月22日にスタートした向井理主演のドラマ『遺産争族』(テレビ朝日系)では、葬儀屋の社長・河村恒三として、向井をいびる役を演じる。同番組スタッフが明かす。
「プロデューサーの間では『一徳さんはドロドロの、嫌われる役が大好きな人』と言われていて、一徳さん自身も『今回はドロドロのえげつないオヤジだ』と、現場でご機嫌なんです。
共演者の伊東四朗さんは、一徳さんが若い頃から注目し、半世紀ほど前に一世を風靡したバンド『ザ・タイガース』にいた一徳さんと今を比べ、『あの頃の面影は全然ないね』と笑っていた。一徳さんも『すっかり消えてしまいました』と苦笑いを浮かべていましたよ」
出過ぎた真似はしない
若き日の面影が消えても、岸部はザ・タイガースで過ごした日々が、俳優としての「味」につながっている。京都市立北野中時代に知り合い、その後、ザ・タイガースでも一緒に活動した、瞳みのるが明かす。
「タイガースでも、1番手は沢田研二で、サリー(岸部の愛称)は2番手以下だった。でも、彼は2番手以下の生き方を知っている。サッカーにたとえれば、シュートを打つFWではなく、アシストをするMFです。
男が5人集まれば、けんかもありますが、彼は自分を主張することなく聞き役に徹していました。サリーは出過ぎた真似をしないので主役にとっては、『自分の座を奪われることはない』という安心を感じられる存在なんです」
ザ・タイガースは約4年活動し、岸部が24歳のときに解散。その後、沢田や萩原健一らと結成した「PYG」、「井上堯之バンド」で、より高い音楽性を追求したが、自己評価が厳しかった岸部は、音楽の才能に自信をなくし、ミュージシャンをやめた。俳優業に転身したのは28歳の時だった。瞳が続ける。
「タイガース時代に、僕はサリーと一緒に、タイガースを描いた映画にも出演しています。自分で言うのは恥ずかしいのですが、その映画を見てくださった演劇関係者の方は当時、私の演技をほめてくださった。一方で、『岸部は(下手で)見ていられなかった』とこぼしたんです。彼が音楽をやめた後、俳優の道を選んだことは意外だと感じました」
ザ・タイガースで映画出演したときは「大根役者」のレッテルを貼られた男は、43歳で出演した小栗康平監督の映画『死の棘』で、主役の松坂慶子と暮らす元特攻隊の小説家を演じ、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。15年間、苦労を重ね、一流の俳優になる階段をのぼっていった。
10月25日まで放送されていた山一證券廃業を描いたドラマ「しんがり~山一證券最後の聖戦~」(WOWOW)を演出した若松節朗監督は、岸部の、陰の努力を見ていたひとりだ。
「私が岸部さんと最初にご一緒させていただいたのは2011年に放映された2時間ドラマ『境遇』(朝日放送系)でした。長野県松本市をロケ地に1ヵ月ほど滞在しました。
岸部さんは、県会議員の参謀役として会計上の不正をはたらく役。岸部さんの撮影日数は4日ほどでしたが、撮影の1週間前から自主的に松本に入られて、現地の人がどういう生活をしているか、ということを身体になじませてから撮影に臨んでいました。そういう役者さんは、ほとんどいなくなりましたね。
岸部さんは若い頃、音楽の世界で頂点を極め、注目を浴びましたが、反面、役者としては遅れをとっている、という謙虚な気持ちも持っていらっしゃる。その不器用な部分のよさが、俳優・岸部さんの魅力にプラスアルファされていると思います」
「しんがり」で岸部は、山一廃業の原因となった会長・有原泰蔵を演じた。主人公の業務監理本部長・梶井達彦(江口洋介)が挑む、大きな壁のような役柄である。若松監督が続ける。
「'90年代の金融業界はいくら大損しても、一発当てれば取り返せるという考え方で経営していたと思うんです。有原は巨悪の元締ですが、同時に、単なる悪役ではない部分を出す必要があった。2600億円もの簿外債務を隠してきたのは、1万人の社員を守るためだ、という経営者なりの言い分がありましたから。
その大物感を出せる役者として、岸部さんが適役だと思った。背が高く、声が野太く、貫禄があり、相手を飲みこんでしまう包容力がある。岸部さんが演じることによって、その役のキャラクターをひとつに限定しない、懐の深さを出せるんです」
底の知れない男
「しんがり」の脚本家をつとめた戸田山雅司氏が平成の今、岸部に出演オファーが殺到する理由をこう分析する。
「昨今は情報化社会となり、行儀のいい役者さんが多くなりました。カメラ付き携帯電話やツイッターの普及により、一般人が街で役者を見かけたりすれば、すぐに情報が広まってしまうため、私生活でも羽目を外せなくなってしまった。
でも、昔の役者さんは『銀幕のスター』と言われたように、一般社会からかけ離れた場所にいた。岸部さんも血気盛んな20歳代前半で社会現象となったバンドの一員として、人々の渦の中心にいた。その壮絶な体験が生み出すオーラは、誰も持ち合わせていない。岸部さんは、作品ごとに全然違う一面を見せてくれるので、まだいろんな『色』が隠されている、と思わせてくれるのです」
岸部は以前、本誌のインタビューにこう答えている。
「家にいても、誰かの役を演じているような気がすることがあるんです。いったい、何をしている自分が本当の自分なのか、わからなくて混乱する。演技をしていない素の自分に自信がないからかもしれないのですが……」
岸部はこうも言う。
「よく自然体って言われますが、そのとらえ方も難しい。ただ、しっかりとした作品に出て一つのイメージが固まってくると、はじけた役をしてそれを壊したくなります。正体不明でいたほうが、いろんな人の日常にすっと入っていけますから」
やっぱり、この男は面白い。
「週刊現代」2015年11月14日号より