《1000年ぶりの彗星来訪まであと1カ月。地方に暮らす女子高生、三葉(みつは、声・上白石萌音)は、ある夜、東京の男子高校生になった夢を見る。一方、東京に住む瀧(たき、声・神木隆之介)も地方の女子高生になった夢を見た。やがて2人は、自分たちが実際に入れ替わっていることに気づく…》
シンプルなエンターテインメントが作りたかったんです。僕のテーマは、思春期の人やその頃の気持ちを引きずっている人たちのコミュニケーションの問題。そこは動かせないけれど、文句なく楽しいものを目指しました。107分の上映時間の中で、1分たりとも退屈させない、サービスし尽くす映画にしたかった。
《上白石と神木は、1つの役について内面が男性・女性の場合を演じ分ける演技を要求された》
2人とも素晴らしかった。上白石さんは、オーディションですぐ決めました。彼女が三葉というキャラクターの“輪郭”を教えてくれた。
瀧役は難しく、男が女言葉でしゃべるとコミカルになってしまうけど、この作品では、入れ替わった状態で、シリアスな演技が求められる。そこで中性的なイメージのある神木さんに決まりました。彼は三葉としての柔らかなしゃべり方と、瀧に戻ったときの武骨な感じの切り替えが実に自然だった。
《繊細な感情表現と美しい風景描写で知られた新海監督だが、2011年に地下世界での冒険を描いた「星を追う子ども」を発表。作風の転換を図ったが、世間からの評価は厳しいものだった》
自分にとっては痛みのような経験でした。
僕は自主製作出身で、アニメ製作会社に所属して学んだ経験がない。だから、自分の感覚だけを頼りに作品を作ってきました。
でも、その手法が「秒速5センチメートル」(07年)で限界に来た。それで、物語の作り方を勉強して作ったのが、「星を追う子ども」。活劇の要素も加え、自分なりの手応えはあったけれど、評価は否定的なものが多かった。
そこで、物語を作り込み、上映時間も46分に抑えて、慎重に作ったのが「言の葉の庭」(13年)です。この作品のノベライズやZ会、大成建設のCMアニメなどを経て、物語作りに自信がついたので、今回の企画を14年の7月に立ち上げました。
《壮大で高揚感あふれる脚本は、ほぼ1カ月で書き上げた》
思春期の物語を作ろうと思ったときに、彗星などいくつかの要素が浮かびました。「星を追う子ども」以降、古典を参照することが増えたので、和歌で何かないだろうかと探してみました。
すると、小野小町の「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを(あの人を思いながら寝たから、夢で出会ったのだろうか。夢と分かっていれば目覚めずにいたのに)」があった。そこから、「夢で出会う男女」を発想しました。
第1稿から、ストーリーはほぼ同じ。あのエンディングも最初から迷いはありませんでした。あれ以外は考えられなかった。
《“彼は誰時”(かわたれどき、夕暮れ時)に2人が初めて出会うシーンの描写など、これまでの新海作品の要素がすべて詰め込まれたような印象がある一方、登場人物が次々と振り返ってポーズを決めるオープニングのような、従来の作風とはまるで違う描写もある》
今回は、新海誠の名を知らない人に見に来てほしかった。だから「この手法は前回使った」などと考えず、僕の得意なものを全部つぎ込みました。
オープニングシーンはサービスのつもりです。たぶん、この作品は音楽も物語のテンポも過剰な作品。(人気バンドの)RADWIMPSのようなロックをテーマ曲に採用したこともシネフィル(映画通)には不評かもしれない。でも、そういった層に背を向けられても、新しさや過剰さ、疾走感を「良い」と思ってくれる大きな層を狙いたかった。そういう意味では、僕の決意表明のようなものです。
《クライマックス間際、三葉として目覚めた瀧が“ある行為”で観客の笑いを誘う。要所要所のユーモアでストーリー進行の緩急を操る手法に、これまでにない力量を感じる》
あれは、第1稿から書いていました。1回、ここでほっとして笑ってもらおう。そうじゃなきゃいけないと思った。今回、川村元気プロデューサーらから「この作品はシリアスになり過ぎたり、しっとりし過ぎない方がいい」という意見が出されていたこともありますが、以前より高い場所から全体が見えるようになった気がします。
《今回も、最初の段階で、絵コンテを動画にしたビデオコンテ(Vコンテ)を独力で製作。それを基に全体の製作が行われた》
Vコンテでは、登場人物全員のせりふを僕が吹き込み、足音などの効果音も自分で入れて製作します。1日15時間、半年間ひたすら作っていました。体力的にはつらかったけれど、すごくいいものができている、という高揚感があった。もしかしたら2000年以降で一番面白いんじゃないか、みたいな(笑)。意図的に“脳内麻薬”が出せる状態に持っていかないと、きついんですよ。これはすごい、これはすごいと興奮状態でしたね。
絵作りに入ってからは、集団作業。今回は(「思い出のマーニー」などを手がけた作画監督の)安藤雅司さんらベテランが参加してくれたので、だんだん僕が口を出せない領域が増えた(笑)。だから、僕の演出家としてのプライドは、全部Vコンテに込めたつもりでした。
けれど、出来上がった動画を見ると、僕の想定を超えているんですよね。
一番感心したのは、クライマックスで三葉と瀧が走りながらお互いを探す場面。ただ走っているだけで、これほどの情動が表現できるなんて驚きでした。中身が三葉という女性である瀧、中身が瀧である三葉の2人が走る動きも、僕には具体的には見えていなかった気がします。
《骨太のエンターテインメント大作として「君の名は。」を成功させた新海監督は今後、どんな方向へ向かうのか》
今回はRADWIMPSや安藤さんらが参加してくれて、奇跡のような座組が実現できた。もう二度と同じことはできない気がします。
自分としては、この先、もう1本か2本はサービスに徹した作品を作りたい。映画の世界で、自分の居場所や役割、もっというと日本社会の中で、自分の公共的役割を見付けていかないといけない年齢になった気がするんです。(聞き手・岡本耕治)
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〈しんかい・まこと〉1973年生まれ、長野県出身。2002年に監督、脚本、美術、撮影を1人でこなした短編アニメ「ほしのこえ」でデビュー。その後、初の長編映画「雲のむこう、約束の場所」(04年)、「秒速5センチメートル」(07年)を発表し、熱狂的なファンを獲得する。13年公開の「言の葉の庭」では、ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭で長編アニメーション部門のグランプリを受賞している。