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フェイスブックの巨額買収が紡ぐ“おとぎ話”
2014/3/3 7:00日本経済新聞 電子版
最初は何かの間違いかと思った。交流サイト(SNS)最大手の米フェイスブックが2月19日に発表したチャット(対話)アプリの運営会社、米ワッツアップ(カリフォルニア州)の買収話だ。
設立からわずか5年、社員50人あまりの企業にフェイスブックは190億ドル(約1兆9400億円)をつぎ込む。この巨額買収の影響を改めて考えてみたい。
■本社の住所には韓国スーパーが…
カリフォルニア州サンタクララ市。米アップルの本社から車で10分ほどのところに目的地はあった。オフィスを想像して向かったが様子が違う。カーナビゲーションシステムに導かれて到着した場所は韓国スーパーを中核としたショッピングモールだった。ある店舗の扉を開くと、小型の郵便受けが壁一面に並んでいた。
設立から日の浅いベンチャー企業はオフィスの住所を公開していないことが多く、ワッツアップも例外ではない。ウェブサイトの奥深くに記されていた住所がこの私書箱だった。アジア系の店主に「ワッツアップはここを使っているの?」と尋ねると、「何も言えないことになっているんだけど、オーナーのことはよく知っているよ」と満面の笑顔だった。
このショッピングモールは高級、洗練といった印象とはほど遠く、一帯は夜間の一人歩きが不安な場所だ。ワッツアップはおそらく設立直後にここで私書箱を借り、いまだに使っているのだろう。190億ドルというにわかに信じがたい買収金額とこの場所のひなびた雰囲気の落差に、何ともいえない感慨を覚えた。
「常軌を逸した」「信じがたい」「法外な」――。買収を伝える米メディアはこんな言葉を連発したが、無理もない。フェイスブックにとって過去最大のM&A(合併・買収)であるだけでなく、米IT(情報技術)業界に目を転じてもこれを上回る案件は2001年発表の米ヒューレット・パッカード(HP)による米コンパックの吸収合併しかない。
IT業界の外に目を向けると、サントリーホールディングスが1月に発表した米ウイスキー大手、ジムビームの買収金額が160億ドルだったので、ワッツアップの評価はこれを上回る。日本企業の時価総額との比較では1兆9000億円台の楽天やオリックスに匹敵し、約1兆8000億円のソニーやNECを上回る水準だ。
米ヤフー出身のヤン・コーム最高経営責任者(CEO)が09年に設立したワッツアップはスマートフォン(スマホ)向けのチャットアプリを提供し、現在のユーザーは4億5000万人。利用開始1年後から発生する年間99セントの利用料が唯一の収入源だ。昨春時点のユーザーは2億人だったので、有料会員は2億人程度になるはずだ。
2億人全員が99セントを支払ったとしても年間売上高は2億ドル程度。売上高の約100倍という高評価は「M&Aに関するどのような指標で計算しても理解不能」(米アナリスト)だが、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOの見方は違った。先週、スペイン・バルセロナで開かれた携帯電話の見本市では「190億ドルでも安いくらいだ」と言ってのけた。
■ユーザーの中心は海外の若年層
「ユーザーが10億人に達するサービスはめったになく、価値は非常に高い」。ザッカーバーグCEOはこう続ける。ワッツアップのユーザーは昨年2倍に増えて現在も1日あたり100万人のペースで増加し、「今後数年で10億人に到達する」。さらにユーザーの7割が毎日サービスを使っており、「フェイスブックより利用頻度が高い唯一のアプリ」という。
こんな計算もある。ワッツアップの評価金額をユーザー数で割ると、フェイスブックはユーザー1人を42ドルで買ったことになる。買収を発表した直後の時価総額をもとに計算すると、フェイスブックはユーザー1人当たり142ドル、米ツイッターは126ドル、米リンクトインは83ドルとなり、ワッツアップは決して割高ともいえない。
フェイスブックはユーザーが12億人を突破し、比較の対象となる“発射台”が高くなるとともに、この増加率は鈍化してきた。
また、デービッド・エバースマン最高財務責任者(CFO)は昨秋、「米国で10代の若者の利用状況は安定しているが、若年層では前の四半期よりも1日あたり利用者が減少した」と説明している。
ワッツアップは高成長を続けるだけでなく、ユーザーの中心はフェイスブックの“弱点”とされる若年層という。さらにその多くは海外にいる。
英調査会社のオンデバイスリサーチが昨年11月に実施したチャットアプリに関する調査によると、ワッツアップはブラジル、南アフリカ、インドネシアでフェイスブックなどを上回り首位だった。
米シリコンバレーの閑静な住宅街。ザッカーバーグCEOは2月9日、ワッツアップのコームCEOを夕食に招き、この場で買収を正式に提案した。
巨額の買収金額に加えて、コーム氏をフェイスブックの取締役として迎えることを提案。米国では被買収企業の経営陣を厚遇することは珍しく、破格の対応はワッツアップを是が非でも手に入れたかった証左だ。
■ブラックベリーの株価が上昇
今回の買収による大きな変化のひとつは、チャットアプリに対する評価の高まりだろう。カナダのブラックベリーはスマホの競争に敗れ、ここしばらくは身売り観測、リストラ、経営トップの更迭と続き、前向きな話題とは無縁だった。だがワッツアップの買収が明らかになった翌日、ブラックベリーの株価は一時、前日比6%上昇した。
ブラックベリーもチャットアプリを提供し、昨秋からは対象をアップルの「iOS」や米グーグルの「アンドロイド」を搭載した端末にも拡大している。ユーザーはワッツアップよりは少ないが8000万人を確保。
「1人当たり42ドル」というフェイスブックの評価金額をもとに計算すると、この部門だけで34億ドル近い価値があることになる。
一方、今回の買収が発表になる直前のブラックベリーの時価総額は50億ドル足らずで、「あまりにも評価が低いのではないか」という思惑から買いが入った格好だ。
同業では日本発のLINE、韓国のカカオトークも新規株式公開(IPO)に向けた期待が高まっており、フェイスブックがこの分野への評価を高めた恩恵を受けているといえるだろう。
広告媒体での活用には否定的
だが、喜んでばかりもいられない。ワッツアップはフェイスブックという後ろ盾を得たことにより「ユーザーの獲得に集中できる」(ザッカーバーグCEO)。
短期的な収益を気にすることなくユーザー確保に向けてアクセルを全開にすれば競合企業には脅威となるはずだ。先週には早速、LINEなどが先行する音声通話への対応を始めると表明した。
ワッツアップは50人強の社員のうち32人がエンジニアで、マーケティングや広報の担当者はいない。イベントやメディアで露出を高める多くのシリコンバレーのベンチャー企業とは対照的だ。
創業者のコームCEOは38歳で、起業家としては決して若くはない。空前の高評価により、これまで常識とされてきた考え方に変化を促すかもしれない。
一方で変わらないものもある。フェイスブックはスマホなどへの広告配信を拡大しているが、ワッツアップを広告の媒体として使うことには否定的だ。
「これだけの人数で4億5000万人もが使うサービスを創ったのは驚異的。わざわざ(運営体制を)変えようとするのはばかげている」。ザッカーバーグCEOは投資家向けの説明会で言い切った。
■例外中の例外の成功物語
コームCEOはウクライナ出身で、16歳の時に米国へ渡ってきた経歴の持ち主だ。一時は米国版の生活保護といえる「フードスタンプ」を受給し、ヤフー時代にはフェイスブックへの転職にも失敗している。
今回のM&Aにより一夜にして70億ドル近い資産を持つ「ビリオネア」になったが、これ以上分かりやすいアメリカンドリームはないだろう。
ワッツアップに投資していた唯一のベンチャーキャピタル(VC)である米セコイアキャピタルは今回のM&Aで30億ドル程度を手にするもようだ。
初期の社員も百万ドル規模の資産を手にするとの見方が有力だ。ワッツアップの成功は「千に三つ」といわれるベンチャーの成功物語のなかでも例外中の例外。だがこうした“おとぎ話”は波及効果が高い。
株主はエグジット(出口)戦略の成功で手にした資金を次世代の企業への投資に回し、世界中から集まってくる野心家、自信家、変わり者が受け皿になる。
IT大手が買収した動画共有サイトのユーチューブやネット通話のスカイプが好例だ。ワッツアップの巨額買収は、シリコンバレー流の拡大再生産のメカニズムが脈々と続いていることを改めて教えてくれる。
(奥平和行)